シビックやアコードをはじめ、現在のホンダ車のルーツはN600にまでさかのぼる。今回紹介するのは、Bring a Trailerで出品されている1971年型のN600だ。
- アメリカで正式に販売された最初のホンダ車の一例。
- 初代ホンダ・シビックよりもさらに小さく、2気筒エンジンを搭載。ボディサイズは初代ミニに近い。
- エンジンはオーバーホール済みで、街中を軽快に走れる状態に仕上がっている。
1960年代を通じて、ホンダはアメリカで知名度を高めていった。当時のホンダは、手軽で楽しい二輪車を提供するブランドとして広く知られており、1964年にはビーチ・ボーイズがホンダのバイクを題材にした楽曲を発表したほどだ。
しかし太平洋の向こう側では、本田宗一郎が二輪車だけでなく、四輪車でも世界へ進出する計画を進めていた。
今回Bring a Trailerに登場したのは、アメリカ市場に投入された初期のホンダ車の一つである、鮮やかなイエローの1971年型ホンダN600だ。
N600は、いわばシビックの先駆けともいえるモデルだった。燃費に優れた小型車でありながら、高速道路でも流れに乗れる高回転型の2気筒エンジンを搭載。さらに、その小さなボディからは想像できないほどの室内スペースも確保されていた。
厳密に言えば、N600は北米に初めて登場した4輪ホンダ車ではない。アメリカにはS600のクーペやロードスターが個人輸入されており、カナダでは二輪車ディーラーを通じて数百台のS600が販売されていた。
それでもN600は、ホンダがメーカーとして正式に北米市場へ投入した最初の本格的なモデルだった。そして同時に、既存のホンダ販売店にとっては、ブランドへの忠誠心を試されるようなモデルでもあった。
当時、すでにホンダのバイクを販売していたディーラーがN600を取り扱うためには、専用のショールームへ投資することがホンダから求められた。リスクを取って参入したディーラーも多く、後にシビックが登場すると、彼らは大きな成功を手にすることになる。
アメリカでホンダを本格的な自動車メーカーとして定着させたのがシビックだったとすれば、N600はその先陣を切ったモデルだった。
N600は初代オースティン・ミニとほぼ同じくらいの非常にコンパクトなクルマだった。しかし、ホンダのバイクによってすでにブランドを知っていたアメリカの消費者にとって、その存在は決して小さなものではなかった。
日本では、ホンダは軽自動車規格に合わせてN360を販売していた。しかし、その小さな2気筒エンジンではアメリカの高速道路を走るには力不足だった。
そこでホンダは、600ccの直列2気筒エンジンを50台の試作車に搭載し、太平洋を越えてアメリカへ送り込んだ。カリフォルニアの暑さから中西部の厳しい冬まで、さまざまな環境で走行できるかをテストするためだった。
テストは成功し、ホンダは1970年モデルとして量産型N600の販売を開始した。
今回の車両は1971年型。親しみやすいフロントフェイスを見ると、夕暮れのカリフォルニア・パシフィック・コースト・ハイウェイを軽快に走る姿を想像したくなる。
ボディカラーは明るい「スプリングイエロー」で、ブラックのビニール内装を組み合わせている。全体的にきれいな状態を保っているようだ。
この時代のホンダ車がオハイオのような寒冷地で長期間走り続けるのは簡単ではなかっただろう。しかし、このN600は温暖なフロリダで過ごしてきた車両だ。
2気筒エンジンは、工場出荷時で35馬力を発揮した。ホンダが一部で45馬力と説明することもあるが、その数字は試作車や欧州仕様に関するものだ。
車重はスクーター2台分ほどしかないため、35馬力でも十分に軽快な走りを楽しめたと考えられる。
今回の車両には、リビルトされたエンジンが搭載されている。トランスミッションは4速マニュアルで、小さなボディと組み合わせることで、独特のドライビングフィールを楽しめそうだ。
もちろん、南カリフォルニアを走る本格的なホットロッドとは違う。しかし、このN600はホンダの歴史を今に伝える、とても魅力的な一台だ。
コンパクトで軽く、キビキビと走り、そしてホンダのアメリカ進出を象徴する存在でもある。
この1971年型ホンダN600のオークションは、9月30日に終了する予定だ。
